名張城

名張

名張商工会議所で出張相談。

商工会議所へ行く途中にあるのが藤堂名張屋敷。藤堂家の前に名張、伊賀をおさめていた筒井氏時代には名張城がありました。けっこうな高台になります。

名張は飛鳥から東国に向かう途中にあり、古代から重要な土地でした。万葉集には「わが背子は何処(いづく)行くらむ奥(おき)つもの隠(なばり)の山を今日か越ゆらむ」と歌われ、名張の枕詞が「オキツモ」です。

壬申の乱では吉野を脱出して東国に向かう大海人皇子が名張を通っています。ここで名張の駅家を焼いています。また東大寺の荘園だった黒田荘が名張にあり、東大寺に対抗していた黒田悪党が東大寺文章に出てきます。

四支援機関合同連絡会議

岐阜県工業技術研究所

昨日は愛知、岐阜、三重、名古屋の中小企業支援機関のコーディネータが集まった四支援機関合同連絡会議。岐阜県が幹事でしたので岐阜県関市にある岐阜県工業技術研究所で開催。

行きは名古屋駅から高速バスに乗りましたが、終わってから路線バスで岐阜駅へ出ると650円かかりました。宴会にも参加して帰ってきました。

石山本願寺

石山本願寺

大阪府よろず支援拠点の帰りに通るのが大阪城です。今日も夕方になっても観光バスが15台ほどとまっていました。この大阪城の一番最初にあったのが石山本願寺です。

どこに御坊があったのかは分かっていませんが二の丸付近はほとんど盛土されていないのに対し、徳川時代の本丸は10メートル近く盛土されているのがわかっていますので二の丸付近に石山本願寺の御坊があったと見られています。

織田信長との十年戦争のあとに和睦して本願寺は和歌山へ移りますが、跡地にさっそく大坂城が造られます。これが信長時代の大坂城です。城は安土城などを造営した丹羽長秀に預けられます。また千貫矢倉があり、本能寺の変の時に織田信長の甥で光秀の娘婿だった津田信澄が光秀との関係を疑われて大坂城の千貫矢倉で殺されています。秀吉が造った大坂城はこの信長時代の大坂城を踏襲したのでしょう。信長時代の大坂城についても皆目、わかっていません。

夏越の大祓

茅の輪

近くの枚岡神社へ行くと境内に茅の輪ができていました。

今月末は「夏越の祓」ですね。上半期が終わる6月20日に茅の輪をくぐり、上半期の穢れを落として、残り半年を健康に過ごすようにお祈りする行事です。本来は水無月という和菓子を食べるのですが、石切参道商店街へ行って葛饅頭を買ってきました。(笑)

被保険者報酬月額算定基礎届

被保険者報酬月額算定基礎届

日本年金機構から封書が届きました。

被保険者報酬月額算定基礎届を7/10までに提出しなさいという内容です。4~6月に支払った賃金を提出することで、毎年1回標準報酬月額を決定します。これを定時決定というそうです。

4月~6月の給与に残業手当や通勤手当なども含めて報酬算定します。4月~6月はあまり残業をしない方がよいと言われるのはこの算定基礎届のせいなんですね。この算定基礎で決まった月額報酬を元に、その先、1年間の社会保険の等級が決まってしまうそうです。合同会社を作るといろいろと学べます。

所得税支払い

E-Tax

所得税の支払いです。

給与支給する対象者が常時10人未満の源泉徴収義務者(合同会社エムアイティエス)は、源泉徴収した所得税及び復興特別所得税を、半年分まとめて納めることができる特例があります。この特例を受けるとその年の1月から6月までに源泉徴収した所得税及び復興特別所得税は7月10日、7月から12月までに源泉徴収した所得税及び復興特別所得税は翌年1月20日が、それぞれ納付期限になります。

ということで4月~6月分の所得税を7月10日までに収めるようにというハガキが届きましたので、E-Taxで手続きしました。E-taxの法人向けは少々ややこしいですね。ICカードとマイナンバーカードを使ってなんとか手続きできたようです。

北部中央市場

喫茶V

大阪府よろず支援拠点の出張相談で北部中央市場(大阪府中央卸売市場)へ。銀行と提携しており、支店で定期的に事業者と相談しています。

お昼は加工食品売場にある喫茶Vへ。力仕事している市場関係者向けの喫茶店なんですがランチはボリューム満点です。何も言わないと丼にてんこ盛りのご飯が出てきますので、私はいつも小を頼んでいます。中には大を頼んでいる猛者もいます。今日の日替わりはアジフライ定食もしくはトンテキ定食でした。迷わずトンテキ定食を頼みましたが、いつかボリューム満点のオムライスを頼まないと!

Let’s Note CF-RZ6を購入

Let'sNote

昨日、Let’s Noteを終了しようとするとBIOSエラーが発生。最近、調子が悪く、そろそろ寿命のようです。まあセミナーやら原稿書きなど酷使していますからねえ。

とりあえずパソコンがないと仕事にならないのでヨドバシ梅田にLet’s NoteCF-RZ6を取り置きしてもらって津からの帰りに受け取ってきました。体の大きさにあわせてLet’s Noteで一番小さなモデルです。高かったな~あ。

というわけで新しいパソコンへ移行作業を今日はずっとやっていました。

ITC三重 定例会

ITC三重

昨日は三重県産業支援センターの会議室でITC三重の定例会。

まずは三重県警のサイバー犯罪対策課の方に最新情報をお話しいただきました。5月までに三重県警に寄せられた相談は400件を突破しており、多いのはメールやサイトなどのアドレスをクリックして、登録されましたというメールからお金を払ってしまうケース。ワンクリック詐欺も多く、中高年が多くひっかっているようです。ランサムウェア(身代金ウイルス)はそれほどでもありませんが、ITベンダーにはたくさんの相談が入っているそうです。

続いて川満ITCから「AIの歴史とこれから」という話。ダートマス会議で人工知能という言葉が登場して以来、専門家システム(エキスパートシステム)などブームになったりしぼんだりしてきました。現在は3回目のブームで特にディープラーニングの登場がきっかけです。OpenAIというオープンツールまで登場し、これからどんな仕事がAIやロボットに置き換わっていくかという話が出ていました。税理士も危ないですが、中小企業診断士も危なそうです。(笑)

大阪城 石垣の謎の穴

大阪城

大阪府よろず支援拠点からの帰り、大阪城の南外堀横を通って森ノ宮駅へ出ています。大阪城公園は緑が多く、なかなか快適です。

いつも通る二の丸南面側の六番櫓近くの石垣にポッカリ穴が空いています。これが大阪城の謎の一つ。大坂の陣で真田幸村が城内から外へ通じる秘密の抜け穴を掘ったという伝説などが残っていますが、この穴はどの資料にも出てこず、昭和34年に行われた調査まで誰も気づいていませんでした。私なんか通るたびに気になるのですが、当時は埋まっていたんですかね。

石垣から積み石一個分が抜かれており、約90cm四方の穴ですから大人でも入れます。中は2mほど入ったところが崩れて行き止まりになっており、木の柱らしきものがあり人工的に掘られた穴のようです。

誰が穴を開けたのでしょうか。徳川が大阪城を再建した時、この周辺の石垣を担当したものが開けたのか、明治になってから大阪城には帝国陸軍第四師団がおかれましたので陸軍が開けたのか分かりません。

そもそも穴の目的が分からず今も謎になっています。大阪城の周りは散歩やランニングしている人が多いのですが、いろいろと面白いものがころがっています。