カテゴリー別アーカイブ: 和歌山県の山城

小松原館(紀伊)

小松原館

久しぶりに専門家派遣で紀州国へ行ったので、御坊駅で途中下車。

御坊駅のすぐ北側にあるのが亀山で頂上に紀伊亀山城があります。代々湯川氏の居城でした。紀伊亀山城は昔、これまた専門家派遣のついでに行きましたので今回は平城の小松原館を目指します。十一代城主・湯川直光が造った小松原館です。紀伊亀山城は山の上なので、寒風の季節は住みにくいというのが造った理由ですが、本当ですかねえ。そんな標高の高い山でもないし、温暖な紀州ですから冬の別荘替わりといったところでしょうか。河内国のもっと標高が高い飯盛山城に三好長慶なんか、ずっと住んでいました。

城跡はほとんど遺構が残っておらず、紀央館高校と湯川中学校になっています。湯川神社に堀の一部が残っています。後に羽柴秀吉による紀州攻めがあり、湯川氏は小松原館、紀伊亀山城を焼き払って退去したと伝わっています。

時鐘堂が残る和歌山城

時鐘堂

和歌山紀行シリーズです。(笑) 太田城の次は和歌山城へ。

和歌山城天守は国宝指定されていましたが、空襲で焼失してしまいます。石垣や土塁以外で当時のまま城内に残っているのは岡口門と追廻門だけとなりました。和歌山城では復旧を進めていて、2006年には西の丸庭園の御橋廊下が当時の図面を元に再現され、実際に通ることができます。他の城では見られない建造物で、かなり傾斜していて床がすべらない構造で歩くと痛いです。

久しぶりの和歌山城でしたが、敷地内にある和歌山市役所南別館2階に和歌山城歴史資料館ができていました。天守閣と同じチケットで入場できます。12分間にわたり江戸時代の和歌山城をCGで再現したビデオが放映されていて、見応えがありますね。また和歌山城が出来る前の雑賀衆の歴史資料も展示されていました。もちろん太田城の展示もありました。

城内の門以外に城から道をはさんだ岡山の上に時鐘堂が現存しています。作ったのは、あの徳川吉宗。鐘で時刻を知らせていました。この岡山には戦国時代に岡山城という山城がありましたが残念ながら遺構は残っていません。

日本三大水攻めの太田城

太田城

日曜日、ACT2020(パソコン通信時代からの中小企業診断士の集まり)は10時スタートでしたので、朝から太田城へ出かけてきました。

和歌山と言えば紀州藩の和歌山城が有名ですが、もともとは紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりです。平定する前にあったのが太田城でJR和歌山駅のすぐ東側にあり、来迎寺や玄通寺あたりが本郭でした。残念ながら城跡は残っていません。

小牧・長久手の合戦では大阪や和歌山も戦場となり、秀吉は太田衆、雑賀衆、根来衆の連合軍と戦っていました。太田城でも合戦が行われましたが、城はなかなか落ちません。そこで秀吉が行ったのが水攻め。備中高松城、忍城(「のぼうの城」で有名に)に並び三大水攻めの一つと言われています。

この時、秀吉が造った堤の一部が奇跡的に残っています。場所は”きのくに信用金庫 出水支店”近くで6メートルほどの高さの土塁が残っていました。昭和のはじめの頃には20ケ所ほど残っていましたが、今はここだけになってしまいました。

残っていてもタマ電車には勝てないので観光資源にはならないでしょうね。