カテゴリー別アーカイブ: 知的生産の技術研究会・関西

橋を架けるという仕事 プロデュース業

白附 克仁

昨夜は知的生産の技術研究会・関西セミナーで、講師は新世界元祖ミックスジュース千成屋珈琲 四代目店主であり、株式会社フラップエンタテイメント代表 白附 克仁さんです。

知研関西にはよく登場してもらっていて5回目です。今回も部外秘の話などを、いろいろとお伺いしました。

■新世界の歴史
串カツ屋が4軒ほどあり、おっちゃんのたまり場だった。当時は食べた串の数で勘定したため床に串を落とすのもいれば、トイレには「串を流したら詰まります」と貼り紙もあった時代。食べている串カツを平気でソースに浸けるのもおり、「二度づけ禁止や!」とよく店主がどなっていました。

昭和4年創業の串カツだるまが閉店することになり、よく通っていた赤井英和氏による復活劇が始まります。これが15年前に起きた串カツブーム。ボクシング部後輩だった白附氏も巻き込まれます。現在、串カツだるまは16店舗となりフィリピンやタイまで海外展開しています。だるまの成功を見て次々と新世界に串カツ屋が登場し観光地となります。

■ミックスジュース復活劇
また麻雀屋が4軒、将棋屋が2軒あり昭和23年にフルーツ屋からスタートした千成屋喫茶店にはナポリタンやコーヒーなどの注文が多く、よく儲かりました。この千成屋喫茶も閉店となり、今度は白附氏による復活劇になります。

すっかり観光地となった新世界から絶滅危惧種となった”おっちゃん”が消えていくことになります。サンガリアが出している「みっくちゅじゅーちゅ」はもともとテレビが発端で、大人の事情があったんですね。これは知りませんでした。

あなたの知らないコッキンの世界

永井俊二

昨夜は大阪産業創造館で知的生産の技術研究会・関西のセミナー

「あなたの知らないコッキンの世界」というテーマで、大永コンサルティング代表の永井さんにお話しいただきました。独立前は大阪創業支援センター所長を長らく勤めておられました。

■創業融資
2008年に国民生活金融公庫、中小企業金融公庫、農林漁業金融公庫が合併して誕生した100%政府出資の金融機関が日本政策金融公庫です。教育ローンや事業者向け創業融資でお世話になりますが一番の特徴は創業者向けにビジネスプランで新規開業資金の融資を行っています。もともとは従業員独立支援資金だったんですね。

創業者との約1時間との面接で、どういうところを審査しているのかポイントなどをお話しいただきました。特に創業融資で300万円まではダメになってもサラリーマンに戻って返済できる額なので、「まずはやってみなさい」という姿勢で融資を応援する傾向にあるそうです。創業融資は全国で26,000件ほどあり、大阪では2,000件ほどあるそうです。

「本の書き方、作り方」、「知研関西30年の歩み」

知的生産の技術研究会・関西

昨夜は大阪産業創造館で知的生産の技術研究会・関西を開催。

去年、シリーズで行った出版セミナーの続きをしゃべれとのリクエストで「本の書き方、作り方」というテーマでセミナーを行いました。また、設立30周年を迎えるので、「知研関西30年の歩み」というテーマで歴史をふりかえりました。

でも世話役とスピーカーの両方をやるのは、やはりしんどいですええ(笑)

あなたの知らない運命を好転させる筆跡診断!

前原弘昌

昨夜は大阪産業創造館で知的生産の技術研究会・関西のセミナーを開催

テーマ:「あなたの知らない運命を好転させる筆跡診断!」
講師は1級筆跡心理士、心理カウンセラーの前原弘昌氏です。前原さんには1993年に「夢は必ず実現できる」というタイトルでセミナーをしていただきました。オーストラリアのバイク1周をされて「自由じかん20,000km 風になった中年ライダー」を出版された頃になります。あれから25年も経ったんですねえ。その後も世界各地に出かけ、目下の計画はモンゴルとシベリア横断だそうです。

セミナーですが筆跡鑑定は筆跡が本人のものかどうか鑑定しますが、筆跡診断は字から、その人の深層心理を探るものでフランスでは筆跡診断士は国家資格に準ずる資格になっています。日本ではまだまだ占いの延長のようなイメージで思っている人がほとんど。

会場では「野村様 自分の名前」を皆で書いてワークがスタート。隣の人と比べても、千差万別ですね。どういう風に見るのか学びました。筆跡から心理状態が分かりますが、反対に字を書く訓練をすると自分の心理を変える効果もあるそうです。なかなか奥深い世界で安倍首相の字がどう変わったのかなどを題材に解説いただきました。

関西で本を創るということ、本を読者に届けるということ

内山正之

昨晩は大阪産業創造館で知的生産の技術研究会・関西セミナーを開催。講師は有限会社西日本出版社社長 内山正之さんで、昔、独立され少したった頃に「僕が出版社を始めたわけ」というタイトルでセミナーをしてもらっています。当時は「大阪たこ焼33カ所めぐり」を発刊された頃でした。

出版を取り巻く状況はどんどん厳しくなっています。2000年に21,500店あった本屋さんが2015年には13,500店と7,000店も減少。ジュンク堂などの大型書店が増え、町の本屋が減ったという要因もあるんですが、内山さんによると他にも要因があるそうで、少し前まで取次(本の卸)が流通の効率化に取り組んでいたそうです。小さな本屋がなくなれば中型店に皆が本を買いに行き効率化がすすむということで、店主に取次に預けていた保証金(普通の店舗で5千万円ほど)を返すから、これを退職金にして店を閉めたらと誘導していたようです。ところが目論見通りにはいかず、本屋さんがなくなると、その分だけ売上が減りました。誰もわざわざ中型店に本を買いに行くような行動をしません。

また自費出版ブームで自費出版本が本屋に流通するようになります。自費出版でジャンル的に多いのが紀行文と病気本。地元の本屋なら知り合いが買ってくれますが、全国では売れません。本屋では売れないと、どんどんジャンルの棚が小さくなり、このジャンルで本を出している出版社にとっては死活問題になります。最近、自費出版本はビジネス書系に流れているそうです。

「獺祭」や「くじらとくっかるの島めぐり あまみの甘み あまみの香り 黒糖焼酎をつくる全25蔵の話」の本作りの裏話などをうかがいました。

ベストセラー作家になるコツ

ベストセラー作家になるコツ

昨夜、知的生産の技術研究会・関西セミナーを大阪産業創造館で開催。お盆休みということもありセミナー室を使っているのは2団体だけで閑散としていました。

知的生産の技術研究会・関西は来年、いよいよ30周年を迎えます。今年は出版シリーズをやっていて第4回目は累計45万部のベストセラーを出された奥野宣之氏にベストセラー作家になるコツを教えていただきました。

奥野氏によれば企画書が通り初めての著作、「人生は1冊のノートにまとめなさい」が出た時はインタビューの仕事で石垣島に取材に行っている最中。発売から3日目には仕事も終わったので結婚したばかりの奥さんを呼んで西表島へ。遊び終わって那覇空港に着いたら発売3日で重版になったという連絡がはいり、そのまま30万部のベストセラーになったそうです。

ただし金儲けしようというような考えで本を出すのは一番、効率が悪く、本は売れなければ終り。売れる本を出したい編集者と作品を出したい作家とのせめぎあいや、どういう人が作家に向いているなどお話しいただきました。

たくさんの本を書く発想法、たくさんの本を出すコツ

知的生産の技術研究会・関西

昨夜は知的生産の技術研究会・関西セミナーを開催。

27歳の時に立ち上げて、なんとかかんとか続けて、いよいよ来年、30周年を迎えます。今年は知的生産という会の原点に戻って出版セミナーを続けています。昨夜は第3回目で「たくさんの本を書く発想法、たくさんの本を出すコツ」というタイトルで開催しました。

115冊の著作を出されている株式会社オフィスヴォイスの福島代表に、たくさんの本を出すコツを教えていただきました。

裏話が面白かったですね。90年代に「究極の手帳術―ポストイットと能率手帳で十分」など手帳術や仕事術の本をいち早く送り出しましたが、やがて熊谷正寿「一冊の手帳で夢は必ず叶う」など著名人が手帳熟などを書くようになりブームとなります。出版社に言われて福島氏が復刻して出したら”マネするな”というコメントがきたそうで第一人者ということが知られていないし、調べもしないんですね。

本を出すには文章力よりもコンセプトワークとオリジナリティが大切で、分かりにくい文章は編集が赤ペンをいれてくれます。年々、編集の力が落ちてきている出版業界の現状についてもいろいろと話をしていただきました。

次回は8月12日(金)に作家・奥野宣之氏に「ベストセラー作家になるコツ」でお話しいただきます。
→ 知的生産の技術研究会・関西

聖地巡礼

梅棹忠夫邸

知的生産の技術研究会・関西の世話人を29年ほどやっていますが、研究会を作るきっかけとなったのが梅棹忠夫先生が書かれた名著「知的生産の技術」(岩波新書)です。

というわけで本が書かれた家に聖地巡礼です。1949年に梅棹先生が北白川に家を買われ、ここでたくさんの著作が生まれました。執筆部屋には京大カードが並んでいたそうです。また金曜夜になると若い研究者や学生に開放されました。梅棹家に行けばタダでビールが飲めるということで多い時には20名近くが集まり、朝まで議論していました。これが有名な”梅棹サロン”でまさに梁山泊です。若き本多勝一氏、石毛直道氏、小松左京氏らがたむろしていました。

梅棹先生が国立民族学博物館の仕事をするために千里のマンションに移ってからは荒れていたのですが、次男の梅棹マヤオ氏がギャラリーとして復活しています。当時、今のような住宅地ではなく周りは田んぼだらけだったそうで、梅棹サロンに参加する人の靴で玄関は一杯。それを長い棒でかき回してグチャグチャにし遊んでいたそうです。家にあった蔵書は梅棹マヤオ氏が国立民族博物館までアルバイトで運んだそうですが、とてつもない量だったそうです。

出版社から見た『編集者を動かす企画書』の書き方

昨夜は知的生産の技術研究会・関西のセミナー
増田幸美

講師は株式会社ペンコム代表の増田幸美さんで、「出版社から見た『編集者を動かす企画書』の書き方 今すぐ出来る!出版への道あれこれ」というタイトルでセミナーをしていただきました。

●返本40%
日本全国に書店が14,000ほどありますが、本の初版は3000ほどで、町の本屋さんに本は並びません。また本は委託販売で売れなければ返本で帰ってきます。書店からの注文にそのまま応えて本を送っていれば、そのまま返本で帰ってきてしまい実際に倒産した出版社もあります。

テレビ番組で本が取り上げられたことから、出版社に注文が殺到しましたが1万増刷して全てアマゾンへまわし、書店には回しませんでした。アマゾンの場合、注文した数は必ず引き取り返本がないからです。

出版社へ持ち込む企画書のコツなどを伝授いただきました。

アイデア社長の情報仕事術

ウィークリーマンションツカサ

外は雨模様なんで、せっせと家でAll Aboutの原稿書きをしています。

原稿書きのついでにカンテレのウラマユを見ていたら、ウィークリーマンションツカサの川又社長が出演していました。新しい事業でがんばっているんですね。

川又社長にはバブルが崩壊し1,500億円の借金があった時代に知的生産の技術研究会・関西で講演してもらいました。タイトルは「アイデア社長の情報仕事術」です。

川又社長がたまたま大阪へ来るついでがあったので、確か講演をお願いした経緯があり、懇親会のあと丸ビルの第一ホテルにお送りした記憶があります。川又社長にはPowerBookでいろいろと実演もしてもらいました。

その後ぐらいに五反田にあったウィークリーマンションツカサ本社のセミナー室で「インターネットとは何か」というようなタイトルでセミナーをした記憶があります。ホームページが立ち上がるたびにニュースになったインターネット黎明期時代の話です。懐かしいな~あ。