月別アーカイブ: 2007年10月

京古本や往来 特別号「紡」

仏教書専門書肆「其中堂」さんに「京古本や往来」を送っていただきました。

「京古本や往来」は京都の古本屋さんが集まった京都古書研究会が出していた機関誌で残念ながら100号でいったん休刊になっています。今年設立30周年記念ということもあり特別号「紡」として出されました。

表紙には1978年11月に百万遍・知恩寺で開催された青空古本まつりの写真が掲載されています。なんで第一回じゃないんだろうと思って中を読むと、第一回目は京都古書店地図を配って、各店で協賛のセールを行う形で実施されていたんですね。実質的な古書市は2回目からでした。

確かこの頃、新聞を見て「青空古本まつり」行った覚えがあるので、ひょっとすると初参加はこの第2回目かもしれません。単なる古書市ではなく京都らしく古本供養から始まり、境内で始まったオークションでは落札されると寺の鐘がゴーンとなって実に京都らしかったですね。

当時、学生でしたが集めていたSFマガジンの一括ものがオークションで出ていたので初参加ながらがんばって落札しました。重い目をして下宿まで持って帰った覚えがあります。落札し鐘の音を聞くのはなかなか風情がありました。

そうそう、昔、京都古書研究会20周年の「京古本や往来」に雑文を書いていたんですが、まだ京都古書研究会のホームページに残っていました。  >> 仮想古本屋の時代

雨の亀山へ

JRに乗って亀山駅へ

シャープで有名になった亀山ですが、駅前は特に何もありません。駅前から急な丘になっており登ると昔の東海道が走っています。城下町の雰囲気も残っており、亀山の次の宿場が関宿、関から険しい鈴鹿峠を越えると滋賀の土山に入ります。

液晶テレビを買いにいったら、「これは亀山モデルですから!」と店員さんに言われますが、三重県人にとっては亀山と言われても(笑)

亀山駅前で昼飯を食べて、タクシーに乗ろうとするとタクシー乗り場にタクシーがいません。

雨で使う人が多いんでしょうね。仕方がないので5分ほど待ちました。企業からの帰りに乗ったタクシーの運転手の話によると今日はシャープでイベントがあったそうです。

普段は朝、夕しか運行していない三重交通のシャープ行きバスが今日は1時間おきに運行しているそうです。ただ待てないお客さんはタクシーを使うということで、今日はフル回転状態に。

亀山駅からは関、柘植を越えてJR関西線で帰

栄のオアシス21へ

今日は愛知、岐阜、三重合同の商談会が名古屋で開催されました。3県が集まるとさすがに数が多くすごいですね。

さて夕方、栄に出て久しぶりにアオシス21へ。楕円形の建物の上に池が作られていて散歩できテレビ塔などが一望できるようになっています。ただ高所恐怖症にとっては、しょうしょうハードな場所ですね。(笑)

写真はオアシス21ごしに見たテレビ塔です。
名古屋は都会の真ん中にずっと続く公園があっていいですね。また名古屋城の外堀などがよく残っています。大阪は総構の空堀など、すっかりなくなってしまい商店街になっています。

東京の知り合いが仕事で名古屋に来ているので、栄で落ち合って飲みにいきました。最終の快速みえで津まで帰ってきましたが、名古屋は遠いなあ。

20周年セミナーが終わった!

昨日は14時から知的生産の技術研究会・関西20周年セミナーを開催。

今から20年前、1987年9月の交流会からスタートしました。当時はまだ20代後半で我ながら若かったですね。

20年やりましたが、一番参加者が多かったのがプロモデルの山本さんをお招きしたセミナーで50名ほどが参加。30名ほどしか入らないドーンセン ターの中会議室に、次々にふだん見たことのない女性が(笑)他の会議室からイスを次々に運び込んでも足りないので、最後、常連さんには立っていただくとい うセミナーでした。

集客がよかったのはおそらくタイトルのせいです。

パリ・ミラノコレクション出演のプロモデルがあなただけにそっと教える 「5歳若く見える知的ファッションコーディネート術」
 
反対に少なかったのは講師をいれて3名の時で、台風かなにか近づいてきている給料日だったのを覚えています。この時ばかりは辞めようかなとも思いました。

とりあえず20周年が終わりました!

中之島・竹葉亭がなくなっていた!

20年ぐらい前、大阪・中之島にあった客先で仕事をしておりました。中之島は土佐堀川と大川にはさまれ、ちょうどパリのシテ島のような雰囲気のところです。

給料日になるとお昼を食べに行ったのが中之島にあった竹葉亭。都会のど真ん中にある古風な料亭でした。さすがに夜は足を踏み入れられないのですが、お昼はうな丼などをリーズナブルな値段で提供していました。さすがに給料日の時ぐらいしか行けませんでしたが

今日、昼から中之島でセミナーがあったので、この界隈を久しぶりに歩くと、その竹葉亭がなくなっていました!あの雰囲気、よかったんですがねえ。

中之島ですがでっかい高層ビルは建っており様変わりですね。、関電本社はなくなって大ビルを建てていました。変わっていないのは大正ネオロマネスク様式の大ビル本社、住友中之島ビル、朝日新聞ビルぐらいですね。

ついでに堂島によりましたが、昔勤務していた会社が入居していた堂島古河ビルと堂島グランドビルは健在でした。堂島グランドビル地下のちゃんこ屋さんってまだやっているんですなあ!

大学で京都・島原の太夫道中

朝から京都橘大学へ

2時限目が終わり、生協へ行って弁当でも買おうと階段を降りようとすると、学生が「すいません、これから舞台が始まりますので!」と通行を止めていました。

階段を降りたところが広場になっていて、昼休みに時々、サークルなどがいろいろと発表をしています。

その発表かなと、回り道をして生協で弁当を買って広場へ出てみると京都・島原の司太夫が太夫道中(花魁ではないので花魁道中とは言いません)をやっているではないですか!

片足が2kgの高下駄を履いて、前に二人の「かむろ」を従えています。さて広場では舞や御茶屋遊びの紹介などなかなか贅沢な昼休みでした。さすがに京都の大学ですなあ。

太夫も大学でやったのは初めてと言っていました。それにしても重そうな衣装ですね。

ずっと見ていたので、あわてて弁当を食べて3時限目へ

秋祭り:ふとん太鼓

今日と明日は地元、枚岡神社の枚岡祭りです。

枚岡神社は元春日と呼ばれ、ここの神さんを勧請し奈良の春日大社となりました。古い神社で河内一ノ宮になっています。

枚岡祭りの主役は「ふとん太鼓」で太鼓を納めた太鼓台の上に座布団を五枚ほど重ねて置き、子供が4人入って太鼓をたたきます。かなり大きなもので これを50名以上でかつぎ上げます。各町から「ふとん太鼓」が出て、何十基もの「ふとん太鼓」がが枚岡神社境内を練り歩く勇壮なお祭りです。

お祭りは毎年10月14日、15日と日が決まっており、今年はうまく日曜にあたりました。平日開催でも地元では学校も会社も休みになってしまいます。(笑)

一番の見所は各町内を練り歩いた「ふとん太鼓」が集結しての宮入です。特に枚岡駅横の踏切越えが大変で、近鉄の職員がタイムテーブル片手に踏切り越えのタイミングをはかり、一気にきつい坂を越えていきます。

いつも太鼓台をかついでいる息子は今年は模試を受けに行くということで不参加でした。まあ、受験生なんで。もっとも明日は学校が休みなんで見物に行くそうで、入試は大丈夫かいな?

近鉄の駅から赤福が消えた!

朝、支援センターへ行くと「赤福」の話題ばかり。伊勢と言えば赤福ですし、全国的にも有名な企業ですからね。

昼から企業周りに。
近鉄電車で行きましたので、赤福も当分食べられなくなるかもしれないと売店をのぞきましたがやっぱり撤去されていました。

赤福餅の餅と漉し餡の組み合わせは、この地域に昔からあった餅で昔は多くの店で売られていましたが今、残っているのは赤福餅と御福餅です。

こりゃ、二見まで行って御福餅を買うしかないですね。ここの小豆をカチンカチンに凍らせた御福マックはなかなかいけますよ。

体育の日なのに平常授業です

京都橘大学へ
ハッピーマンデーで月曜が祝日になるのはいいのですが、授業のコマ数が確保できず、今日は祝日ながら平常授業になってしまいました。
電車はすいていましたが、山科駅に着くと長いスクールバスを待つ列が
オイオイ、せっかくの祝日に自主休講しないの!
教室に行ってみても、ほとんどの学生は出席しておりました。というわけで、5コマ目一杯の講座でした。
雨が降っただけで、自主休講していた私の学生時代とは大違いですなあ。

1989年 あの頃は若かった!

10月20日(土)は知的生産の技術研究会・関西20周年。1987年9月にスタートし、無事20年を迎えました。

そこで創立メンバーでもある河西さんに撮ってもらった知研関西の写真を整理していますと一番古いのは89年9月にユニトピア篠山へ皆で行った時の写真が出てきました。

89年と言うと20代最後の年。自分で写真を見ても髪の毛はフサフサしているし、おまけに痩せています!ウーン、この頃もけっこう飲んでいたはずなのに、なんでこんなに体型が違うんだろう。おかしいな~あ。

1989年と言うと昭和天皇が亡くなって平成になり、消費税が施行された年ですね。それにしても若かったな~あ。

と、しみじみしながら酒を飲む。