月別アーカイブ: 2011年9月

たま電車

tama201109.jpgせっかく和歌山まで行ったので、たま電車に乗って来ました。正式には和歌山電鐵・貴志川線です。

和歌山駅から終点の貴志駅まで30分ほど、片道360円です。稲刈りしている田園地帯を2両編成の電車が走ります。乗った電車はイチゴ電車で電車の中はイチゴの装飾だらけ。平日なので電車に載っている観光客はチラホラ程度で、後は途中で乗り降りする地元の人です。

さて貴志駅に着きましたが駅がネコ型になっている以外は何もないところですね。タマ駅長はガラスの向こうの座布団の上でぐったり寝ていました。帰
りの電車を待つ間、駅舎の中には喫茶コーナーで巨峰ジュースを。喫茶で座っていると次々と観光客が「タマだ~あ」と入ってきます。みんな、車で来ているん
ですねえ。

猫一匹でこれだけの観光効果があるとはすごいなあ!三重県の北勢電鉄や伊賀鉄道も動物駅長でがんばらないと。JR予讃線・卯之町駅まうさぎ駅長なので、やっぱりポチ駅長かなあ。

和歌山へ

wakayama201109.jpg本日は和歌山商工会議所で「あなたのお店パワーアップ講座」。7月から5回シリースで行なっている講座の最終回で私は最終回のIT講座を担当。夜開催の講座ですが皆さん、熱心でした。

夜の講座でしたので、本日は和歌山に宿泊。知り合いとさっきまで飲んでホテルへ戻ってきました。ダイワロイネットホテル和歌山という和歌山県立医
大の跡地にできたホテルなんだそうで、目の前が和歌山城です。窓からお城が見えるのはいいですねえ。夜はライトアップされ、23時まで点灯していました。

明日は仕事の予定を入れていないので、のんびり東大阪へ帰る予定ですが、どっか観光して帰ります。秀吉が水攻めした太田城は残っていないのと知り
合いに聞くと今は住宅地になってしまって碑しか残っていないということでした。雑賀城は土塁などが残っているはずなので、そっちまで足を伸ばそうかなあ。

Facebook入門からビジネス活用まで

S11-09-00.jpg昨日は大阪産業創造館で知的生産の技術研究会・関西の9月セミナーを開催。

タイトルは「Facebook入門からビジネス活用まで」で講師はEプレゼンス代表の川北睦子さん。なぜか三重県はTwitterや
Facebookのソーシャルメディア先進県で、毎週のようにセミナーが行われ、川北さんもよく講師をされています。当日は四日市市からおいでいただき最
新の話題を話していただきました。

知研関西セミナーは月に1回開催していますが、世話役がめんどくさがりなので予約制ではなく、時間があったら来てねという形にしています。ですのでセミナーが始まるまで何人来るか分かりません。いつもは大体、10名前後とこじんまりとやっています。

ただ今回はFacebookという旬の話題なので大阪産業創造館の大きめの研修室を予約。次々と入場者があり、48名入る会場がほぼ満員。もう少しで立見がでる状況で危なかった!

1998年12月にオフィス佳耶モデルエージェンシー代表の山本佳耶さんに「パリ・ミラノコレクション出演のプロモデルがあなただけにそっと教え
る5歳若く見える知的ファッションコーディネート術」では、どこで聞きつけたのか見たことがないおばさま方で一杯。当時、子供が行っていた保育所の所長ま
で来ていて、「5歳といわず10歳若返るにはどうしたら」という質問を講師にしていました。こちらはもう少し小さな会場で次々にイスを運び入れましたが、
結局、立見が出る盛況に、今回はあれ以来の盛況でした。

→ Facebook入門からビジネス活用まで


江戸川乱歩

ranpo201109.jpg名張シリーズです。(笑)

怪人二十面相・明智小五郎・少年探偵団と言えば推理作家の江戸川乱歩です。

江戸川乱歩は三重県・名張市生まれで、住んでいた家は公園になっています。もっとも住んでいたのは2歳までで、このあと父親の転勤で亀山、名古屋
へ移ります。苦学して早稲田大学に通い、卒業後は貿易商、造船所事務員、古本屋営業、ラーメン屋など色々な職につき、この体験が小説の貴重な糧になりまし
た。フリータの元祖みたいな職歴です。

鳥羽の造船所に就職していた時があり、この時に奥さんを見つけています。「パノラマ島奇談」は鳥羽の離島がモデルになっています。鳥羽のあと上京し、団子坂上(本郷)で兄弟三人と三人書房と名付けた古本屋を始めます。「D坂の殺人事件」のD坂は団子坂です。

江戸川乱歩は知り合いの選挙応援演説のため名張へ出かけています。60年振りでした。応援演説は名張駅近くの宇流富志禰神社で行われ、すごい聴衆が集まりました。「我が夢と真実」という自伝に出てきます。

木屋正酒造から「幻影酒」という大吟醸が出ています。

夏見廃寺

natsumi201109.jpgこの間、名張へ行った時に夏見廃寺を見てきました。

夏見廃寺は夏見の名張市中央公園の中にあるのですが、公園入口の看板には載っていないし、場所がなかなかわかりにくいですね。歩いていたらようやく入口を
見つけて、奥に入っていくと壮大な寺院跡がありました。塔、金堂、講堂跡の礎石や寺を取り巻いていた築地跡などが残っています。枚方に百済寺跡があるので
すが、あんな感じですね。

夏見廃寺は大来皇女が建てた昌福寺のようです。大来皇女は天武天皇の皇女で初代斎王として伊勢の斎宮へ行っており、弟が大津皇子で寺を建てたのにはいろんな思いがあったのでしょう。

写真は隣の博物館にあった金堂の復元です。

炉ばたワコー

honmati201109.jpg昨日は知り合いと本町で一杯。

お店は「炉ばたワコー」という本町にあるお店なんですが、大阪のビジネス街にあるとは思えないディープな居酒屋さんでした。本町センター街とい
う、ごく普通のビルの1階にあるお店です。大体、ビルの前にお店の看板が出ていないので、そんなお店があることにふつうの人は気がつかない。私も地図で調
べてこなければ通り過ぎるところでした。

ビルの1階は道路とつながっていて、アーケードになっていますが、どのお店もシャッターがずらっと閉まっていて、なかなか怪しい雰囲気。よく見ると一番奥が少し明るくなっていて、そこがお店。炉ばたを囲んだカウンターが10席ほど。

18時に一番乗りして飲み始めましたが、しばらくしたら満席になっていました。こんなディープな店を皆さん、よく知っているなあ。沖縄の市場の路地奥で飲んでいる雰囲気です。カ

「さつまあげ」が絶品でしたねえ。アーケード直結の早く言えば露店で、クーラーなんてものはなく、おまけに目の前が焼き場でしたので暑かった!でもビールがおいしかったなあ!

桔梗が丘 大阪通勤圏の最東端

kikyougaoka201109.jpg近鉄・桔梗が丘駅。

大阪からですと名張駅の次の駅で、大阪通勤圏の最東端になります。上本町六丁目から桔梗が丘の少し先の青山町まで行く電車が多く、テレビも関西のテレビが映り文化的には関西文化圏です。丘を切り開いて住宅地が開発され、広い一軒家が多いですね。

ただ桔梗が丘に家を買って大阪へ通勤していた世代が団塊世代となり定期利用が減っています。駅前には近鉄百貨店がありますが駅前に店は少なく、やはりロードサイト店が多いですね。今日は桔梗が丘の企業さんでへ経営相談に行っていました。

伊勢電気鉄道 廃線跡

ise201109.jpg大正から昭和初期にかけて三重県を走った伊勢電気鉄道、

略して伊勢電と呼ばれていました。桑名と伊勢神宮を結んでいましたが経営破綻してしまい、江戸橋駅(津)から北側は今の近鉄・名古屋線になってい
ます。江戸橋駅より南側は廃線となってしまいました。この廃線跡ですが、割とよく道路の形になっていて残っていて、一部はなぜか近鉄道路と呼ばれていま
す。

近鉄・江戸橋駅は三重大学の最寄り駅で学生で賑わっており、次の津駅はJRの線路をまたいだ目と鼻の先にあります。JRの線路そばにカーブになっ
ている道がありアスト津の駐車場入口から23号線を越えて南に続いています。津駅を出たバスが通る道です。これが江戸橋駅を出た伊勢電の跡。

国道23号線が通る塔世橋すぐ横を走っていて安濃川に橋脚の一部がまだ残っています。橋を渡ると住宅街の中を小道が通っており、これも線路跡。住
宅地を抜けると少し開けたところがあり、ここが津新地駅跡。道路なんですが、道路にしては途中が広くなっていて湾曲しており変な形になっていますがホーム
があった場所でした。岩田橋には今も当時の鉄橋が使われているところがあります。

津の町にもいろいろな歴史の痕跡が今も残っています。なんかブラタモリみたいですが(笑)

姫路城

himeji201109.jpgいつもは新幹線で通過する姫路駅に初めて下車。駅前商店街が長く、よく賑わっていました。商店街が元気な町はいいですねえ。姫路で午前中は仕事でしたが、午後は予定がなかったので国宝・姫路城へ行ってきました。

2014
年まで大天守保存修理工事ですので、外観は見えませんが天守閣にフードがかぶっていて、エレベーターで上まであがり修理の様子を見ることができます。天守
閣の屋根を外から見るというのは、修理中でないと見られないのでお値打ちです。ただし月曜でも、まあまあ観光客がいましたので土日はけっこう混むでしょう
ね。

巨大な城ですが、町に遺構がよく残っています。お城から少し行ったところに国道2号線が走っているのですが、ここが中堀跡。堀は道路
になっていますが土塁がずっと続いて、ところどころに門跡が残っています。ここまで外部の遺構が残っている城は見たことがないですねえ。家老屋敷跡が公園
になっていたり姫路の町は見どころ満載です。

姫路から長浜行きのJR新快速で大阪へ戻ってきましたが、秀吉はよくこの距離を大返ししましたね。山崎の合戦跡を越えて、秀吉の居城があった長浜までJRが走っているのは、なかなか面白いですなあ。

浜田城(四日市)

hamada201109.jpg四日市駅のすぐ近くにあるのが鵜の森公園。すぐ近くを近鉄内部線・西日野線が走っています。日本で現役で走っているナローゲージで、他には桑名から出ている三岐鉄道北勢線しかありません。

鵜の森公園の中に少し高くなって森になっているところがあり、中にあるのが鵜森神社。この神社、戦国時代は城でした。

戦国時代の城なので江戸時代の天守閣があるような城ではなく周りを土塁で囲んだ簡易な城でした。浜田城という名前で城主は浜田氏。すぐ近くにある
赤堀城主・赤堀氏の一族です。浜田氏は街道を城の東に移し替え、市を立てて四日市の基礎を築きました。城は織田信長の伊勢攻めで滝川一益に攻められ落城
し、廃城となりました。

とは言いながら神社を囲むように北、東、西に土塁が残っています。「私有地につき立入禁止」とあるだけなので土塁と気づいていない人も多いのですが、都会の中に戦国時代の城の遺構が残っているのは珍しいですねえ。