月別アーカイブ: 2016年6月

夏越大祓

夏越大祓

今年も上半期が無事に終了。河内一ノ宮である枚岡神社へ夏越大祓に行ってきました。

平日だというのに境内には500人ほどが集まっています。皆さん、熱心ですねえ。人のことは言えませんが。(笑)

お祓いの後、神主の後をついて「水無月の夏越の祓する人は 千年(ちとせ)の命(よはひ)のぶといふなり」と唱えながら茅の輪を3回くぐります。もともとは拾遺和歌集の和歌なんだとか。

茅の輪くぐりが終わると、神主さんが人形代(ひとかたしろ)を燃やします。夏越大祓はもともと701年(大宝元年)の大宝律令で宮中行事として定められていたようで、応仁の乱で廃絶していたのを明治になってから復活させたようです。

最後に「大祓詞」を皆で唱えます。”祓ひたまえ清めたまえ”ということで無事にお祓いも済み、、さあ飲もうっと!

たくさんの本を書く発想法、たくさんの本を出すコツ

知的生産の技術研究会・関西

昨夜は知的生産の技術研究会・関西セミナーを開催。

27歳の時に立ち上げて、なんとかかんとか続けて、いよいよ来年、30周年を迎えます。今年は知的生産という会の原点に戻って出版セミナーを続けています。昨夜は第3回目で「たくさんの本を書く発想法、たくさんの本を出すコツ」というタイトルで開催しました。

115冊の著作を出されている株式会社オフィスヴォイスの福島代表に、たくさんの本を出すコツを教えていただきました。

裏話が面白かったですね。90年代に「究極の手帳術―ポストイットと能率手帳で十分」など手帳術や仕事術の本をいち早く送り出しましたが、やがて熊谷正寿「一冊の手帳で夢は必ず叶う」など著名人が手帳熟などを書くようになりブームとなります。出版社に言われて福島氏が復刻して出したら”マネするな”というコメントがきたそうで第一人者ということが知られていないし、調べもしないんですね。

本を出すには文章力よりもコンセプトワークとオリジナリティが大切で、分かりにくい文章は編集が赤ペンをいれてくれます。年々、編集の力が落ちてきている出版業界の現状についてもいろいろと話をしていただきました。

次回は8月12日(金)に作家・奥野宣之氏に「ベストセラー作家になるコツ」でお話しいただきます。
→ 知的生産の技術研究会・関西

難波京

難波京

大阪府よろず支援拠点の最寄駅が谷四(谷町四丁目)で、駅のすぐ近くにあるのが難波京。

難波京は上町台地の上にあり隣の森ノ宮駅まで歩くと、けっこうな高低差があります。神武天皇の時代、上町台地の周りは海でした。

難波京には前期と後期があって飛鳥時代には乙巳の変の後に飛鳥から大坂へ遷都し、孝徳天皇が難波長柄豊埼宮を造りました。後期は聖武天皇の時代に、恭仁京から難波京へ遷都が行われました。発掘調査が行われ基壇があった場所は復元されています。

難波京のずっと北に大川がありますが、大川は難波の堀江という古代に掘られた運河という説があります。難波京の後、大川を堀代わりにして造られたのが石山本願寺。その後に造られたのが大坂城です。大阪のど真ん中ですが、よく遺構がのこったものです。

今も現役 太閤下水

太閤下水

秀吉が大坂という日本有数の都を造りましたが、人口密集地となりますので都市問題がいろいろと出てきます。

まず水問題です。京都は盆地の下に巨大な水がめがある土地なので湧水も多く、水には困りません。大坂も上町台地は良質な井戸が湧いていましたが、周辺の低地では井戸を掘っても塩気などが強かったので飲み水に適しません。大川の上流で汲んだ水を水売りが売り歩いていました。これで上水はOKですが、問題は下水です。

大坂城を造る時に城下町を都市計画し船場などが生まれます。道路整備とあわせて、町屋から排出される下水を排除するために下水溝が碁盤目状に整備しました。これが太閤下水で、今から400年以上前に造られました。太閤下水から東横堀川や西横堀川に排水され、さらには大川へ放流されていました。この下水、一部が今も現役で使われています。谷四(谷町四丁目)近くの南大江小学校の脇に、この太閤下水を見学できる所があります。

江戸は神田上水や玉川上水が整備されましたが、下水は整備されなかったようです。長屋から出た糞尿は近郊の農家に販売し、これが大家の貴重な収入になったので、商都だった大坂とは事情が違っていたようです。

名張城

名張城

昨日、名張商工会議所での相談が終わってから、名張の旧町をブラブラ。高台を登って名張陣屋へも行きましたが、とっくに閉館していました。戦国時代、この場所には名張城がありました。

■筒井時代の伊賀上野城
松永久秀と大和の覇権を争った筒井順慶が亡くなり、後継ぎがいなかったため一族の筒井定次が後継者になりました。大和郡山城を居城にしていましたが秀吉の弟である秀長が大和を支配するようになり、伊賀上野に国替えとなります。天正伊賀の乱が終わってから滝川雄利が作っていた砦を利用して伊賀上野城を築きます。この後、藤堂高虎が現在の伊賀上野城の縄張りにしま、筒井時代の天守台跡は今も残っています。とっても分かりにくい所にあり案内板も出ていませんので観光客は誰もいません。(笑)

■名張城
筒井定次が伊賀上野をおさめた時に重臣である松倉勝重が築いたのが名張城。藤堂高虎が伊賀をおさめるようになってから、一国一城令により廃城となります。高虎の養子だった藤堂高吉(丹羽長秀の息子)が名張を支配することになり、これが名張藤堂家でここに陣屋が作られ、現在も一部が残って公開されています。発掘調査で陣屋跡からは名張城の石垣などが発見されています。昔の堀跡などが今も旧町の水路などになっています。

cafe sanaburi

cafe sanaburi

名張商工会議所での経営相談に向かう途中で、地元の人に連れていってもらったのが「cafe sanaburi」。

名張の田舎にあって目印もなにもない隠れ家カフェ。店の前に行っても、”これがカフェ?”というたたずまいでした。地元農家の有機野菜を使用したオーガニックカフェがコンセプトのお店です。カウンター席が4席と2人席×8、6人席×2ですので1回転32人ほど。

写真は黒板に書いてあったナチュラルランチ(1000円)。ニョッキのスープなどでしたが野菜が評判通りおいしかったですね。駐車場には大阪や奈良ナンバーの車が止まっていました。こんな田舎まで調べてくるんですね。

山城なら探して行ってもいいですが、田舎のカフェはどうでもいいなあ。(笑)

能を大成した観阿弥の奥さんがこのカフェの近くの出身で、この地に猿楽座(後の観世座)ができました。それを記念して観阿弥ふるさと公園が作られていますが、そのすぐ近くにあります。

川喜多半泥子

百五銀行

日経新聞・日曜版に「美の美」という見開き2ページカラーで絵画や陶芸を紹介するコーナーがあります。書評コーナーともども毎回、楽しみに見ているのですが、先日、川喜田半泥子(はんでいし)が掲載されていました。「東の魯山人、西の半泥子」と称された陶芸家です。

川喜田半泥子は美の分野で有名ですが津の豪商である川喜田家16代当主でもあり、大正時代から昭和20年まで百五銀行第6代頭取を勤めました。百五銀行はナンバー銀行の1つで藤堂藩の家臣たちが作った第百五国立銀行が元です。

昭和はじめの金融恐慌では銀行がバタバタつぶれました。映画「風たちぬ」でも銀行の取付騒ぎのシーンが出てきます。川喜田半泥子は堅実経営で無事に乗り切っています。

本館は大正時代に岩田川のほとりに建ちましたが、先日、隣に新しい本館が建ち、旧本館の取り壊し工事がはじまっています。

いくたまさん

生国魂神社

大阪府よろず支援拠点で窓口相談。

ランチを食べにマイドーム大阪を出ると松屋町筋(まっちゃまちすじ)と本町通の交差点近くに「生國魂神社」の大きな幟が何本も立っていました。いくたま夏祭りが7月に行われますので準備の幟なんですね。生國魂神社の本殿がある場所はずっと南に行った谷九(谷町九丁目)近くですが、本町通りと中央大通りの間に生國魂神社の行宮(あんぐう)があります。ビルとビルの間に入口がありますが、境内はけっこう広く、立派な社殿が建っています。ここも夏祭りの舞台となります。

いくたま夏祭りは天神祭、住吉祭と並ぶ大阪三大夏祭りの1つで、陸渡御では秀吉に追い出されるまで本殿があった大坂城へも向かいます。

”いくたまさん”は国そのものの神様で歴史はめちゃくちゃ古く、神武東征の時に作られたと言われていますが、乙巳の変(大化の改新)の後、孝徳天皇が遷都する難波京の資材にするために生国魂社の樹を切ったと日本書紀に記されていますので、古代に神社があったことは確実視されています。中世には信長と10年戦争を起こす石山本願寺が生国魂社のすぐ隣に造られます。これがために兵火で燃えてしまいました。

秀吉が石山本願寺の跡地を中心に大坂城を造る時に追い出されて、現在の地に移ります。移転して今度は大坂夏の陣が起きます。生国魂社の南側に毛利勝永や真田信繁が陣取り天王寺の戦いが行われましたので、またまた燃えてしまいました。国の神様なんですから、なんとかならなかったんですかねえ。

ツン読が3列に

MBS
朝からLEC梅田で経営情報システムの講座。
 
中小企業診断士1次試験まで残り2ケ月を切りましたので、皆さん追い込みモードです。午後の講座まで少し時間があったのでLECの近くにある茶屋町へ。
 
写真は4チャンネルのMBS(毎日放送)で隣がロフトです。そのまた隣がジュンク堂&丸善で、ここは1階から7階まで本が揃っています。
 
日本史の中世コーナーへ行くと、新刊がいろいろ出ており、調子にのってカゴに入れていたら、1万円以上の会計でした。ツン読にしないで、せっせと読まないと!とりあえずツン読が3列になっていしまいました。

大阪府中小企業支援ネットワーク会議

大阪府中小企業支援ネットワーク会議

大阪信用保証協会主催の大阪府中小企業支援ネットワーク会議があるということで初めて参加してきました。

場所は西梅田のハービスから奥に行ったお洒落なオフィス街。座席は絶対に早い者勝ちだというアドバイスに従い、少し早目に着いたら座席指定になっていて、しかも前から5列目でした。しかも隣は大阪中小企業診断士会でした。(笑)さすがは大阪信用保証協会で都市銀行から信用金庫まで大阪に本支店がある金融機関は皆、参加されていました。

会議ということでしたが、基本的にはセミナー4本をひたすら聞く内容でした。