月別アーカイブ: 2018年2月

熊野でホームページの利活用セミナー

鬼ケ城

昨夜は三重県の南で、ちょっと行ったら和歌山県という位置にある熊野市で「ホームページの利活用」に関するセミナーを行いました。

セミナーは夜だったので、そのまま熊野に宿泊。地元の人においしい店に連れて行っていただき、「シオ」と呼ばれるカンパチになる前の刺身や岩清水豚のスペアリブなどをいただきました。おいしかった!

能勢・森上館

森上館

能勢の栗栖の近くに岐尼(きね)神社があります。

式内社ですので歴史は古いですねえ。社伝によると782年(延暦元年)創始で、祭神には多田源氏発祥の源満仲も入っています。

神社の裏山にあるのが森上城と今西城で、岐尼神社のすぐ裏手には森上館があったようです。館の周りを土塁が巡っていたようで、この土塁の一部が竹藪の中に残っています。

戦国時代、平時は麓の館にいて、有事の際は詰めの城(山城)で戦うのがオーソドックスな形でした。朝倉義景の一乗谷もそうですし、甲斐の武田信玄も躑躅ヶ崎館が平時で詰め城が要害山城でした。

能勢には野間館と野間城もあり、なかなか館と詰め城セットを見る機会がないので、能勢はいいですねえ。

能勢・今西城

今西城

森上城の西に平坦地が続いており、ずっと行くと今西城があります。深い堀切が3方向にありますが、西側にだけ土塁があるので森上城とは一城別郭だったようです。つまり森上城の一部だったようで、森上城はかなり大きな城だったようです。

吉村城、森上城、今西城で能勢街道をおさえていたんですね。

能勢・森上城

森上城

吉村城から能勢街道を挟んだ反対側の山頂にあるのが森上城。

さすがにGoogleマップに山道まではのっていないので、適当にあたりをつけて登れそうなところを探して登り始めます。結局、山城までの道を発見できず、ひたすら坂を登って山城跡に到着しました。

月峯寺の往古水帳に森上殿という言葉が出てくるので、森上という地名を本貫とする武士がおり、地元の土豪だったようです。能勢なので多田院御家人だったのでしょう。

森上城の東側は尾根を3重の堀切で遮断し、西側にも堀切がありました。土塁に囲まれた広い郭が3つほどあり、それ以外にも削平地があるので、けっこうな人数を収容することができたようです。今は木が生えて眺望は望めませんが、当時は能勢街道をおさえる山城でした。

常時SSLのメリットと費用、シマンテック無効化に注意

Googleがなりすまし防止や暗号化通信を確保するための常時SSLを導入していないサイトの順位を下げると発表したため、常時SSLがウェブサイトの基本になりつつあります。

ところがグーグルがシマンテック系のSSL証明書の無効化を発表しました。企業のセキュリティ対策にどんな影響があるのでしょうか。SSLの基本情報と共にお伝えします。

最新ガイド記事です。

→ 常時SSLのメリットと費用、シマンテック無効化に注意

能勢・吉村城

吉村城

山辺城のすぐ近くにあるのが吉村城。

Googleマップでもバッチリ出てきます。山頂にありますが、山城の常ですが道がない。(笑)必然的に切岸を登ることになります。頂上まで登ると単郭があり、北東背後の尾根を堀切で遮断して土塁がありました。

防御はこれだけですので臨時的な城だったようです。天文年間(1532年~1555年)に吉村備前守盛光がいたと伝わっていますが、本当かどうかは分かりません。ここらあたり山城が多いので能勢街道をおさえるためのネットワークの一つだったのでしょう。

熊野でインターネットセミナー

七里御浜

三重県のはるか南にある熊野市でインターネット・セミナー。夜、開催で到底帰れませんので熊野泊です。

久しぶりに熊野へ来たら駅前に図書館ができていたり、けっこう変わっています。ただ人口は右肩下がりで減っており現在、1万7千人ほどになっています。

熊野でセミナーはよいのですが終わった時間帯に空いているようなレストランはなし。必然的に居酒屋でご飯を食べることとなり、ついでに飲むこととなります。(笑)

写真は和歌山との県境まで続く七里御浜で熊野古道の一つです。

能勢・山辺城

能勢・山辺城

能勢・宿野へ行く途中にあるのが栗栖という土地。コメリやスーパーもある賑やかな一角です。この近くに城山と呼ばれる山があり、これが鷹爪山。能勢富士とも呼ばれ、山上にあるのが能勢で一番大きな山城である山辺城(鷹爪城)です。

能勢一族だった大町氏の城で大町氏は多田院御家人でした。山辺城は1579(天正7)年に織田信忠、信澄らに攻められた記録もあります。

麓に月峯寺というお寺があり、近くに住宅街がありますが、これが急坂が多い住宅街になっています。かなりの傾斜がある坂を登った一番奥の住宅地から直登すると城にたどり着きます。ちょうど郭をつなぐ土橋に出られました。

山辺城は3つの郭からなっていて、郭間はかなりの高低差があります。一番高い所にある主郭は広く、くびれた所に虎口があり、別の郭群に続いています。土橋や堀切もあり、きれいに整備されており、なかなか見ごたえがある山城です。

電子申告(e-Tax)が終了

e-Tax

朝から書類を手元において電子申告(e-Tax)に格闘。

電子申告がはじまった頃はJavaを自分でインストールしたりなど、準備がかなり大変でしたが毎年、改善されています。今年は電子証明書のデフォルトが住基カードではなくマイナンバーカードになっていました。

所得税や確定申告書の計算が終わり、電子証明書をつけて送信し終了。ようやく終わりました。

来年は電子申告をという方は下記のガイド記事をどうぞ。マイナンバーカードの取得から書いています。
【確定申告】電子申告で使うマイナンバーカードの発行 

大坂城築城残石群

大坂城築城残石群

前島(牛窓)の展望台近くにあるのが大坂城築城残石群。

大坂の陣で廃墟となった大坂城を土に埋めて、造り直すために運ばせたのが瀬戸内海の石です。船で輸送しやすいからで江戸城を造る時は伊豆半島から運ばれました。

けっこうな山の上に広大な石切り場がありました。石垣にするには整形しなけらばなりません。石を割る必要があり、目(割れる方向)を見定めて、石に矢穴と呼ばれる穴をあけて石を割り石垣にしていきます。

残石のなかには松江藩堀尾家(国宝・松江城の城主)、鳥取藩池田家(姫路城城主でしたが池田光政の時代に鳥取藩に移ります)の刻印が残っています。