北の玄武 船岡山城

船岡山城

都を造る時に重要だったのが四神相応で、都を守る四神(玄武、青龍、朱雀、白虎)がある土地に都を造る必要がありました。平安京にも四神相応があり、四神のうち北の玄武は朱雀大路の真北にある船岡山と言われています。

北京にある紫禁城の真北には景山公園(人口の山)があり、紫禁城を一望できます。平安京があった頃、船岡山に登ると同じように一望できたでしょうね。現在でも京都タワーなど京の街がしっかりと見えます。

船岡山は応仁の乱では、山城になっていました。西軍側の備前国守護・山名教之や丹後国守護・一色義直らが船岡山に築城し、東軍と戦います。それ以来、船岡山一帯を西軍の陣、”西陣”と呼ぶようになります。京都市内で山といえば船岡山ぐらいしかないので城が造られたのでしょう。

船岡山には、堀などの城跡が現在でも残っています。だいぶ埋もれてしまったので単なる窪地になっていますが、跡をたどることができます。曲輪跡は公園や織田信長を祀る建勲神社になっています。

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