かぐや姫の石上麻呂と山城

高安城

かぐや姫の続きです。(笑)

■石上麻呂が監督した山城は?
かぐや姫に出てくる5人の公達の一人が石上麻呂。石上なので、もちろん物部氏です。

石上麻呂は壬申の乱では大友皇子側で、皇子の自殺まで従いました。有能な人物だったようで、のちに赦されて右大臣、左大臣に任じられ、遣新羅大使や筑紫総領も歴任しています。榎本武揚のような存在ですね。日本書紀に石上麻呂が筑紫に派遣され、新しくできた城を監督させたという記録が残っていて、この新しい城について諸説あります。1999年に大宰府周辺で阿志岐城が発見されましたので、まだ見つかっていない山城かもしれません。

■百済遺民が日本各地へ
当時、日本を取り巻く状況が最悪でした。天智天皇が滅ぼされた百済の遺民と組んで唐・新羅連合と戦いますが、白村江の戦いで大敗し、日本は存亡の危機を迎えます。実際、唐は日本への侵攻計画をたてていました。この時に水城、大野城、金田城などが整備され、最後の砦となる大和の守りに作られたのが高安城(1979年に高安城を探る会によって発見)です。天武朝になっても周辺国との緊張が続きましたが、唐と新羅が戦うようになり危機を脱します。

日本へは、新羅に滅ぼされた百済遺民が大挙して移り住みます。昨今の朝鮮情勢で日本へたくさんの難民が来るのではと言われていますが、歴史的に見ると百済滅亡、南宋滅亡など何回もありました。

百済遺民は数も多く、九州などでは6割以上が百済系という事態となり、朝廷では計画的に全国へ遺民を移します。東京都の狛江市や京都精華町の下狛のような土地名が当時の名残です。枚方市には百済寺が大阪には百済貨物ターミナル駅もあります。西武池袋線には高麗駅という名前が残っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です