城郭だった山科本願寺

山科本願寺

十字軍とイスラムとの戦い、カトリックとプロテスタントの戦いなどの宗教戦争があり、今も続いていますが、日本でも宗教戦争が当たり前という時代がありました。

大坂城の前にあったのが石山本願寺ですが、もともと本願寺は京都の大谷にありました。ところが比叡山の僧兵に焼かれてしまいます。

■山科本願寺
そこで山科に山科本願寺を造ります。寺といっても高い土塁や堀などを整備した城でした。現在も山科中央公園などに土塁が一部、残っていて上に登れますが、けっこうな高さがあります。山科本願寺は日蓮宗と手を組んだ細川晴元・茨木長隆らの軍勢に攻め落とされてしまいます。

■石山本願寺
そして造ったのが石山本願寺。今度は強固な城造りをしたようで、織田信長との十年戦争に持ちこたえました。最終的には信長と和睦し、和歌山に退去。鷺森本願寺(雑賀御坊)を造ります。秀吉と和睦し大坂の天満本願寺に移り、最終的には京都へ移転し、本願寺として今に続いています。

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