源頼義が戦勝祈願した中尊寺・八幡堂

八幡堂

陸奥守に任じられた源頼義は奥州を目指します。

衣川柵の手前、月見坂(平泉)の脇に八幡堂がありました。月見坂は中尊寺の本堂へ至る上り坂になっていて、八幡宮は月見坂のすぐ脇にありますが、皆さん素通りするところになっていて誰もお参りしている人はいません(笑)。

現在のような中尊寺の伽藍が整備されたのは藤原清衡の時代ですが、当時すでに中尊寺は開山し、いくつかのお堂があり、その一つが八幡堂でした。

■八幡宮で戦勝祈願
源頼義は、進軍中に戦勝祈願をあちこちで行っています。陸奥国守に任命される前、源頼義は相模国守でしたので、奥州へ出かける前に相模国にある鎌倉の鶴岡若宮(鶴岡八幡宮の前身)に戦勝祈願をしています。また杉並区の大宮八幡宮もこの時の進軍がゆかりでできた八幡宮です。八幡といえば武運の神様なんで、戦勝祈願には最適でしょう。

織田信長も桶狭間へ向かう途中、榎白山神社、日置神社、熱田神宮で戦勝祈願をしていました。尾張にも若宮八幡社などがあるんですが通り道じゃなかったんですかねえ。

■安倍首相は安倍氏の末裔
月見坂の八幡堂ですが、中尊寺を超えれば、すぐに衣川柵での戦いが待っていますから、源頼義は、かなり熱心に安倍氏追討を祈願したことでしょう。前九年の役で滅ぼされた安倍氏ですが、末裔が安倍晋三(内閣総理大臣)となります。と本人が講演で言っています。

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