榎並城

榎並城

ようやく雨があがった大阪で仕事でしたので、ついでに榎並城跡へ寄ってきました。

三好長慶がまだ天下人でなく、売り出し中だった時代、三好一族の長老だったのが三好政長。出る杭は打たれるのは昔から変わらず、ついに両者は衝突します。摂津越水城(西宮にありました)を出陣した三好長慶が包囲したのが三好政長のこもる榎並城で、これが江口の戦いです。江口は旧大和川と淀川の合流地点であり交通の要衝でしたので、江口の遊女もおり、能にもなっています。

榎並城は8ケ月ほど持ちこたえたようです。膠着状態に陥ったので江口城、三宅城、中嶋城、柴島城、富松城、芥川山城など付近一帯の戦いとなり、榎並城から江口城に移っていた三好政長の戦死もあり、榎並城は放棄され三好長慶が摂津を支配することになります。

石山本願寺と信長との戦いでは本願寺側の野江城として再利用されたようです。榎並城近くを流れていた大和川も付け替えられ、今は住宅地に碑が建っているだけです。近くの野江水神社を含んだあたりが城郭だったようです。

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